大学院

世界をリードする研究者に聞く

宮地 弘幸 教授(有機医薬品開発学分野)
榎本 秀一 教授(生体機能分析学分野、医薬品機能分析学分野)
森山 芳則 教授(生体膜機能生化学分野)

宮地 弘幸 教授(有機医薬品開発学分野)

Q:薬学領域における有機化学の位置づけを教えてください

p1_1_01A:薬学領域における有機化学研究は,歴史的には薬学=有機化学と言っても過言でない程最も基礎的かつ根幹をなす研究分野です。東京帝国大学内に日本で初めて薬学科の講座が開設されたのは明治26年(1893年)ですが,その際設立された3講座の一つが,有機化学を基礎とする薬化学講座(他は生薬学,衛生裁判化学)であったことからも容易に推測されます。

Q:薬学における有機化学の魅力とは何ですか?

A:薬学領域における有機化学の最大の魅力・強みは,何といっても,この世には存在しない,多分神様でも想像できなかった,我々生体に対し影響を与える化学物質,すなわち医薬に直接繋がる生理活性物質を自在に合成できる学問分野であるということです。今日の薬学研究領域は極めて多岐にわたる研究分野が存在しています。しかし,その根底にある考え方は有機化学を基礎にしているはずです。「有機化学なくして薬学なし!物質の相互作用なくして薬学なし! 」です。

Q:具体的な例をあげて説明していただけますか?

p1_1_02A:薬学を指向して薬学部に入学された学生諸君の多くは,身近な方々の病気を治して楽にさせてあげたい!命を救いたい!という明確な動機と正義感を持って入学されているでしょう。しかしながら,入学当時は、医薬品の名称と効果の結びつきしか分からなかったと思います。例えば,抗インフルエンザ治療薬タミフルには固有の“意味のある化学構造”があることを大学では学びます。何故タミフルはシクロペンタン構造を基本骨格にしているのだろう?何故不斉点が3か所もあるのだろうか?何故エステル構造をしているのだろう?とどんどん不思議に思うことのオンパレードです。でも,タミフルの薬効を示す分子標的がノイラミニダーゼであり,基質であるシアル酸と競合的にかつ効率的に拮抗するというメカニズムを学べば,それらの理由が脳裏にイメージできるようになります。賢明な皆さんはすでにお気づきでしょう。これらの観点は全てタミフルの化学構造に基づく議論です。さらにタミフルで懸念される副作用の発現も,望ましくない標的との相互作用という,構造に基づくアプローチで考えることができます。即ち,薬の示す効果,ひいては生体内で起る極めて多くの現象は,そこに介在する化学物質の構造上の特性に基づく現象と考えられるわけです。

Q:先生の研究で重要な位置を占める核内受容体リガンド創生研究,標的としての面白さを教えて下さい

p1_1_03A:核内受容体はリガンド依存性転写因子であり,発生,分化,恒常性,代謝など様々な生命活動の根幹に係わります。ヒトにおいては48種類の核内受容体が存在しています。核内受容体の機能は,単純化して言えば,外界からの刺激に対して生命活動を維持して生きていくための鍵と言えます。生体が恒常性を維持して生存していくためには種々の機能性蛋白質が,適材適所で機能しなければなりません。核内受容体はリガンドという刺激がなければ機能は決して発揮しません。しかし,ひとたび核内受容体がリガンド結合により活性化されれば,その情報が最終的には生体の発生,分化,恒常性,代謝に影響を与える一連のカスケード反応のスイッチを“オン”にするわけです。極めて重要なスイッチですよね!そのスイッチ機能の破綻は疾病の発症に連関しています。ホットで奥深い領域です。そのスイッチを人工的に創生することって凄いと思いせんか?私は思ってしまったのです。約15年前に!勿論生体内には内因性リガンドというスイッチが存在します。しかしその絶対量は少ないし合成的に得るのも大変です。自分で所望の機能を示し得る化学構造を考え,自らの知恵と技量を駆使して合成した化合物が,実際に肥満した実験動物の中性脂質値を下げたというデータを見た時には,興奮がありましたね。その時に研究対象としていたのがペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPAR)という核内受容体でした。その時以来,製薬企業,アカデミアと研究の場を変えてきましたがライフワーク的に核内受容体のリガンド,特にアゴニストの創製研究を行っています。

Q:核内受容体研究の難しさはどのあたりにあるのでしょうか?

A:医薬創製の観点からは,核内受容体を標的とした医薬品開発は難しいですよ。何故なら生命現象の種々の局面に核内受容体は関与しているわけですから。当然望ましい場所での作用以外は副作用ということになります。実際近年開発された低分子医薬品の分子標的の内約半数は酵素であり,次いでG蛋白質共役型受容体,イオンチャネルと標的が続きます。核内受容体を標的とした医薬品の数は5%にも満たないのです。一方,売上高でみますと,核内受容体を標的とした医薬品は,全医薬品売上の10%を占めています。そうなのです。核内受容体を標的とした,医薬創製を指向した研究は難しいのです。しかし,だからこそやるのです。何故なら難しいから!未だに全てが解明されていないから!です。

Q:大学院を受験する学生、あるいは学外の研究者へのメッセージをお願いします。

p1_1_04A:多くの医学者や生物学者の先生方に,自分の創製した各種核内受容体リガンドライブラリーを有効活用していただいて,生命現象の詳細を解明していただけたら本望であり,またその成果を踏まえた医薬品が開発されればこれに勝る幸せはないと考えます。私は幸いにして企業研究者時代に1つの医薬品を創製することに成功しました。アカデミアにおいては医薬品創製というゴールまでは到底望めません。しかし,「学生諸君と一喜一憂しながら,時には激しく議論しながら創製した,“知”の結晶が,将来の医薬創製や生命現象の深い理解に,何らかの形で結び付いたら最高だぜ!」というメッセージを送りたいと思います。

榎本 秀一 教授(生体機能分析学分野、医薬品機能分析学分野)

Q 薬学出身者の活躍できる分野はどんなところでしょうか

p1_1_05A 僕も皆さんと同じ薬学の出身です。結論から言うと、どこでもなんでも自分次第ってことではないでしょうか?薬剤師で臨床だけとか、創薬の研究者しかないとか、自ら門戸を狭くすることなんてないんですよ。そもそも薬学部で学ぶことって、とっても広いと思います。有機化学、物理化学、生化学、衛生、薬剤、薬理などなど、いっぱいあるでしょ?だから、切り口を変えれば、どこでも応用できるのだと思います。要は必要に迫られれば、自分で勉強して、専門家になっちゃえばいい。狭い重箱の隅だけにこだわり、料簡の狭いのは大嫌いなんです。薬学の強みは生命科学を基盤として、様々な分野で医学・臨床系にもつながれるってことではないですかね?

 あまりいい例ではないかもしれませんが、僕の専門や研究経歴って、結構変わってると思うんです。もちろん、薬学卒業して、博士の課程出たんですが、ドクターでは、生理学や生化学系といった思いっきり生っぽい研究をしました。そのあと、理化学研究所に入り、核化学という分野のラボで、原子核物理学者とか、分析化学者などと大型の加速器を使って、放射性同位元素を作る装置開発や核反応の実験をやって、それを生命科学研究に利用して論文を書いていました。そのうち、物理学者たちと放射線計測の装置を作り始めて、それが最新の分子イメージング装置として成長しています。思いっきり、物理のお仕事なんですよ。最近は、核医学用に使う放射性医薬品開発やら、化学テロの毒ガスや環境汚染物質のモニタリングに使う超高感度分析装置の開発やら、医学部などの臨床の先生たちと分子イメージングによる再生医療やがんの治療、診断薬開発、福島原発事故以降は、環境中の放射性物質汚染計測システム開発やら、あと、太陽光発電の発電素子開発なんてのもやってます。まあ、なんだか自分でもわからないくらいに、いろいろやっています。全く発散してますね。

Q 先生の研究のトレンドは何ですか?

p1_1_13A 僕は、いつも学生やスタッフに「さあ、楽しいScienceをやろう!」、「科学者であるなら、Only one, Number oneであれ!」と心の中で叫んで、それを実践しています。僕の専門は前にも言ったように多くの分野にあるんですが、岡山大学のラボでは、主として分子イメージング研究を進めています。岡山大学では、医歯薬連携が全国的に見ても、大変うまく進んでいまして、そのキーワードが、分子イメージング技術なんです。細かいことは説明しませんが、分子イメージングは、わたしたちのからだの中で起こっていることを可視化しようということなんです。たとえば、投与された薬が、どのように代謝され、体内を動いていくのか、ちゃんと疾患部位に運ばれているか、効果はあるのか、移植された臓器がきちんと働いているかとか、高精度にがんを早期発見できる薬はどう作るか、ある場所にできたがん細胞が別の部位に転移していないか、脳神経系疾患のとき脳代謝はどうなってるのか、そのときの神経伝達物質の動きはどうかとか、リアルタイムで見えたら、いろんなことがわかる訳です。そんな体内での生命現象を可視化する薬剤の開発、標識化、そしてその「見る」を実現するための機器の開発を行ってるんです。

Q 研究室の学生に期待するものは何ですか、また、どんな学生を求めていますか

p1_1_06A 学問を探求する楽しさを知ってほしいですね。僕は常に、いっしょに楽しいことを楽しくやろうと思っています。僕の研究室では、学部学生でも大学院生でもスタッフでも、対等な共同研究者であり、同僚だと思って接するようにしています。ただ、もう子供ではないので、学生といえども、大人としての最低限のルールと義務、礼儀は大事だと思っています。だから、義務を果たさず、怠惰で、甘えたことをやったら容赦はしませんし、何人かが「ダメだなあいつ」と思ったら、改善を求めますし、どうしてもだめなら、思い切って、切り捨てるつもりでいます。

 僕の研究室に来たい人は、最先端の研究がしてみたいとか、有名になりたいとか、科学者になりたいとか、思う存分、金を使って、いい研究がしたいとか、動機は何でも構いません。Welcomeです。研究テーマも基本な方向性を僕らから提供する以外、個人の意思を尊重しています。大事なのはやりたいと思う気持ちですよね。また、僕の研究室は、いろんな分野の出身者がいます。薬学部出身者はもちろん、理学部、医学部、農学部、工学部なんでもござれですので、他の学部の人も外国人留学生も、やる気のあるaggressiveな人を歓迎します。

森山 芳則 教授(生体膜機能生化学分野)

Q:薬学研究の魅力とはズバリ何ですか?

p1_1_08A:ずばり!だれもしらない、しかも価値がある事を世界で最初に知ることができること。世界で最初ですよ。これ凄いと思いませんか。そして、自分で見つけたことを世の中のためになるように自分で作り上げることができることです。これは科学全般についての答えです。「薬学」にこだわってお答えしますと、何と言っても、薬をつくり薬を使うってことを専門にして生きていけるという喜びでしょうね。薬学がカバーする分野は非常に広いんですね。数学から物理、化学、生物、医学にわたって広く網羅しています。私が関わっている生化学においても、分子生物学や形態学・電気生理学もありいろんな分野が混じり合っています。それぞれの研究者がそれぞれの方法でいろんな面白いことをやっている「ごった煮」みたいなところも魅力です。

Q: 先生の研究で重要な位置を占めているグルタミン酸のはたらきについて教えてください。

A:私たちは味噌汁などの食事を作る際にグルタミン酸を調味料、旨み成分として使います。一方で、私達の体の中にもグルタミン酸はたくさんあって特に多いのが脳なんです。私たちの記憶にはグルタミン酸が重要なはたらきをしています。神経細胞のシナプス末端部にシナプス小胞というグルタミン酸を0.1 M程度蓄えたオルガネラがたくさんあり、神経が興奮すると、小胞内のグルタミン酸がシナプス間隙に開口放出されます。このグルタミン酸がポスト神経の細胞膜にある受容体に結合することで情報が伝達されます。この反応が記憶や心を育む素反応となります。私はこの化学伝達の研究をしています。脳以外にも様々な生理作用にグルタミン酸の化学伝達が必要であることが明らかとなっています。例えば、膵臓のランゲルハンス氏島のアルファ細胞からもグルタミン酸が分泌されます。そしてグルカゴンやインスリンの分泌を調節しています。骨の中にある破骨細胞からもグルタミン酸がでています。この場合破骨細胞の骨を溶かす働きを調節しています。つまりグルタミン酸は単なる栄養物ではなく人にとって本質的に重要な細胞間信号伝達分子です。

Q:いま最もホットな成果を紹介していただけますでしょうか?

p1_1_09A:てんかんの患者さんは世界で1億人いらっしゃいますけど、その1/3近くは薬が効かないと言われているんですね。ところが、ギリシャ時代から飢餓になるとてんかんが治るってことが分かっていたんです。しかしなぜ治るかについては謎でした。飢餓では、ケトン体の量が増大します。私達は、このケトン体が神経に入り、グルタミン酸の化学伝達を抑制することを見つけました。ケトン体の分子標的は小胞型グルタミン酸トランスポーターという膜タンパク質です。ケトン体がこのタンパク質に結合すると、不活性型になり、その結果、シナプス小胞内へのグルタミン酸取り込み量が減少し、最終的に神経からのグルタミン分泌が低下します。これが引き金となっててんかんにおける神経活動の興奮が抑制され、てんかんが治ることを初めて明らかにしました。これまでギリシャ時代から分かってなかった難問を私達が解決することが出来ました。研究している途中では、よもや紀元前からわかっていなかった医学上の難問を、私たちが解く事になろうとは考えもしませんでした。私たちの成果は、難治性てんかんの患者さんにも有効な新しい薬の開発につながります。この成果はNeuronに発表しました。より詳しくはこのページを見てください。

てんかんと飢餓とグルタミン酸の化学伝達がVGLUT上のスイッチでつながっていることを直感した時は「生きててよかった」と思いました。でもね。もっと大事なことは、これが終点ではないってことです。研究を続けていると=自然と対話していると、どんどんいろんなことがわかってきます。もっと奇麗なものやもっと雄大な景色をみることができるかもしれない、もっとジーンとくる瞬間にであうかも知れない。そんな予感を胸にして毎日仕事をしています。いやあ、研究って楽しいですね。

Q:先生が考える研究者の資質とは何でしょうか?独立した研究者になるためには何が必要でしょうか?

A: 私は生化学者なので、生物系に限ってお話しますと、しつこい一方で恬淡な部分を同時に持つ人。自分がバカだと思う一方、自分って凄いと思うことができる人。固定観念を持たない一方で妙に一部分に固執することができる人(これは譲れない!って部分を持っている人)。花でも金魚でも木でもなんでも生き物が好きで、その子(生き物)達と心を交わすことができる(と思っている)人。一般的な意味で頭がいい必要はないし、ハキハキ快活明朗である必要は全くないし、イケメンやかわいい必要も全くないです。自分の心を研究対象に入れることができる人。ピカピカ飾り立てる必要も全くないし、野望は持っていなけばなりませんが、心身は清潔でなければならない。状況分析ができる人。いろんなことを並列で同時に処理できる人。まあ、いろいろです。
ここまでは研究者の資質。

独立した研究者になるには? 一番大事なのは、やっぱり出会いと感謝の心かなあ。自分だけでは独立はできないですよ。やっぱり評価してくれる人、チャンス与えてくれる人、自分を鍛えてくれる人、自分をいじめてくれる人、
いろんな人との出会いを感謝することができるかどうかではないでしょうか?順境もよし、また逆境もよしって言うじゃないですか.チャンスは前髪でつかめですよ。
お世辞いって世の中を渡ろうとしてもだめですよ。気持ちわるいだけですから。
お金(研究費)も大事だし論文を書く能力プリゼンする能力も大事ですが、それはどっちかといえば本質ではなくて後からついてくることかなあ。

ちなみに私は留学して初めてスゴイっていう人達に出会いました。世間が一挙にワールドワイドになりました。この時期知り合った先生方には今でも尊敬の念を持っています。みなさん。世間をできるだけ広くしてください。

お金持ちの研究室もあれば質素な研究室もあります。別にどっちでもよいのです。本物ならね。皆さんもいつか手塩をかけた自分のラボを持つでしょう。それは考えているほどは難しいことではないと思います。私も皆さんのそのようなお姿を楽しみにまっています。でもね、それがゴールじゃないですよ。
そこからが本当のスタートです。ラボをもてたからっていって安心してはいけないですよ。研究者の旅はそこから始まるのですから。

Q: 森山研はどんな学生を歓迎しますか?

A: 上記の点で誇れるものを持っている人。そんな人は私も尊敬します。お互いリスペクトできる人。

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