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上原 孝 教授(薬効解析学)神野 伸一郎 准教授 (精密有機合成化学)

上原 孝 教授(薬効解析学)

論文題名 On-off system for PI3-kinase-Akt signaling through S-nitrosylation of phosphatase with sequence homology to tensin (PTEN) 上原 孝
掲載雑誌 Proc. Natl. Acad. Sci. USA
(米科学アカデミー紀要)
2011 Jun 21; 108 (25): 10349-10354
論文著者 上原 孝 教授(薬効解析学)
「一酸化窒素(NO)はPI3-K-Aktシグナルにおけるオン・オフを担うスイッチ機能分子である!」
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Q:先生の研究で重要な位置を占めている一酸化窒素(NO)のはたらきについて教えてください。

A:生体内では血圧のコントロールや記憶の形成に関わっていることが知られています。また、バクテリアなどの異物が侵入してきた際に、それを攻撃する働きも持っています。意外かもしれませんが、NO関係の薬は実はたくさん商品化されて、身近にもあります。有名なものとしては狭心症や心筋梗塞に用いられるニトログリセリン、育毛薬のミノキシジル(リアップ)、ED治療薬のシルデナフィル(バイアグラ)などがあります。

Q:PTENは細胞内でどのような機能を担っているのですか。

A:PTEN細胞の増殖や細胞死を防ぐ‘生存シグナル’に関わっている重要な酵素です。 このタンパク質は脱リン酸化酵素の一つで、生存シグナルを負に調節している分子、つまり、シグナルが過度にならないようにブレーキの役割を担っています。言い換えると、もしPTENがない、あるいはずっと働かない状態では、細胞増殖がどんどん起こってガンになってしまいます。事実、ある種のガン患者さんを調べてみるとPTEN遺伝子に変異が入っているのが見つかり、酵素活性が著しく低くなっていることが明らかにされています。したがってPTENは‘癌抑制遺伝子’ともいわれているのです。

Q:本研究で最もエキサイティングな発見とはどの部分ですか?ブレイクスルーとなったデータが出たときのことを教えてください。

p1_3_02A:多量に産生されたNOはいわゆる“ラジカルストレス”や“酸化ストレス”を引き起こしますが、生体内で適量産生された際には重要な生理反応だけを引き起こします。毒性はまったく無いのです。血圧調節や記憶形成はまさにこの機構から成り立っています。本研究では、細胞生存に関わるシグナル伝達系(ネットワークみたいなもの)において、NO 濃度によって作用(結合)する分子が違うことを世界で初めて証明しました。つまり、NOがシグナルのオンとオフを調節している分子であることがわかりました。この発見から、脳梗塞(脳虚血)におけるNOの細胞死/生存に対する働きを分子レベルで説明できるようになったのです。
そもそもこのような成果を出すきっかけは、NOがどのようなタンパク質と結合するのか、それを明らかにするために新しい方法で網羅的なスクリーニングを計画したことに基づいています。しかし、それ以上に、研究している人なら誰でもするような基本的な実験結果がブレイクスルーのきっかけとなりました。それは濃度依存性反応(用量依存性曲線)を検討することでした。生体反応は多くのケースで刺激薬物(この場合はNO)の濃度を高くしていくと、反応も比例して高まり、次第に頭打ち(一定)になります。しかし、このケースでは非常に低い濃度ではだんだんと反応が上がっていったのですが、ある濃度(そんなに高くない)から急激に反応が弱まり、高濃度ではbasal(基準)以下になることがわかったのです。そのときに、これはモノになるかも知れないと直感しました。今思えば、学生さんが出したデータに対して丹念に一つ一つ議論を重ね、それを基に仮説を立てて実験した結果とも言えますね。

Q:脳梗塞と本研究との関連を教えてください。

A:私が教員になった際に、恩師から与えられたテーマがこの研究の発端となっています。それは「なぜNOは細胞を殺す作用もあれば、守る作用もあるのか?」「この違いを証明できるか?」というものです。脳内、とくに脳梗塞の際に観察される神経細胞死には速やかなものと、遅れて生じる(遅発性)ものが知られていますが、その原因は不明でした。脳梗塞の際には大量のNO産生が見られます。これは血管が詰まった場所(中心部)で起こっています。中心部から周辺部に行くに従ってNO濃度は当然低くなっていきます。NOの濃度勾配という現象はこのような病態(疾患)が起こった際に脳内で実際に起こっていることに気がつくのには時間はかかりませんでした。つまり、NO濃度が高い場所(脳梗塞中心部)では色々な酵素にNOが結合(酸化)してしまい、その結果、生存シグナルが抑制されて、より神経が死にやすい状況になっていること。一方、NO濃度が低い場所(周辺部)では、ある酵素(PTEN)だけにNOが結合するので、生存シグナルが亢進していて、できるだけ神経を守るように働いていることがわかりました。NOの細胞生死への二面性は濃度の差に基づくシグナルのオン/オフが関係していたのです。
 

Q:今後この研究はどのように発展していくのでしょうか。

A:これまでに脳梗塞におけるNOは一方的に「悪玉/デビル」として考えられてきましたが、少量のNOは逆に「善玉/エンジェル」とした作用することがわかりました。この結果から、脳梗塞やがんなどに対する新たな治療法の開発に繋がる可能性があります。
 

Q:大学院でこのような研究に携わるためには、学部時代には何が必要ですか。研究者になるために必要な条件を教えてください。

p1_3_03_2A:そもそもこれは卒業研究として4年生の学生に与えたテーマでした。当時、特殊なスクリーニングを行ってNO結合性タンパク質の単離・同定を進めていました。得られた結果の中に、PTEN が含まれていたのです。どの分子を自分のテーマにするかは、学生に任せました。その人の持っている運に賭けたかったからです(笑)。学生がPTENをやりたいと言ってきたので、それで行こう!と決めました。その際に、PTENという分子は非常にメジャーなので世界との競争になるよ、とも言ったのですが、彼はテーマを変えませんでした。そちらの方がやりがいあることは事実ですよね。しかし、というか予想通り、研究も終盤に入った頃、実際に同じような研究をしているグループがアメリカと台湾にいることがわかりました。結果的には僕らのグループが一番面白い結果を持っていて、一番インパクトの高いジャーナル(科学雑誌)に発表することになりました。彼は本当に大学院修士課程までの3年間一生懸命取り組んでくれました。よく実験し、背景も自ら調べました。それが大きな成果に繋がったと思っています。ですから、岡山大学の学生さんには研究の面白さを早く知って、実験に打ち込んで欲しいと考えます。そうすれば何かが見えてきます。中途半端に取り組むと、結果も中途半端ですし、やり遂げたという達成感も得られないのではと思います。よく研究を野球に例えるのですが、プロ野球選手はアマチュア(学生)の時から素振りや投げ込みなどの練習をとにかくしますよね。研究者も同じで、実験してこなかった人なんていないのです。みんな必死になって研究し、それに没頭して結果を得てきています。そういう人たちの話(うまくいかなかった体験にも)に耳を傾けて欲しいと思います。きっと後々役に立つはずです。

神野 伸一郎 准教授 (精密有機合成化学)

論文題名 Reversible Near-Infrared/Blue Mechanofluorochromism of Aminobenzopyranoxanthene 神野 伸一郎
掲載雑誌 J. Am. Chem. Soc. 2015 May 12; 137, 6436-6439
論文著者 神野 伸一郎 准教授 (精密有機合成化学)
「ものに伝わる力やガスの暴露に応答して色が大きく変化するπ電子系分子」

Q:現在進めている研究テーマをご紹介ください。

A:有機光化学をベースにした,新しい π電子系分子の開発と機能の探索です。「光や色を分子で創りだし,分子に様々な刺激を外から与えることで,光や色を意のままに操ろう!」をコンセプトに,皆さんが見てうっとりとするような,そして実際に使ってみたいと思うような分子をつくりたいと思い,日々研究に取り組んでいます。

Q:先生の研究で重要な位置を占めているπ電子系分子について教えてください。

A:簡単に説明しますと,複数の二重結合が単結合を挟んで交互に連なっている分子のことを指します。皆さんがご存じのベンゼンは,π電子系分子の代表格です。実はこのような分子は,電子が分子全体に広がる特徴をもつため,一般の有機分子ではみられない,発色や蛍光発光といった性質を示すようになります。例えば,血液の色が赤いのは,赤血球に含まれるヘモグロビンの中に,鉄イオンと結合したポルフィリンと呼ばれる色素分子が存在するためです。これまで多くの π電子系分子が合成されてきたにも関わらず,いまなお,その新たな物性や機能を見いだす研究が,世界中で活発に行われています。

Q:それでは本研究の内容について教えてください。

kamino_02私達は,これまでアミノベンゾピラノキサンテン系 (ABPX) 色素と命名した π電子系分子をオリジナルで開発してきましたが,様々な誘導体の固体蛍光性を調べていく中で,cis-ABPX01と命名した誘導体が,結晶状態で,近赤外と青色の二重蛍光性を示すことを発見しました。固体状態で,近赤外蛍光を示すπ電子系分子は,これまでほとんど報告がなかったのですが,それ以上に驚いたことがありました。実は,cis-ABPX01をすり潰し,結晶構造を崩してみると,近赤外蛍光の強度が減弱し,青色蛍光の強度が増大する一方で,すり潰した粉末に,溶媒蒸気を暴露するだけで,結晶状態が回復し,近赤外蛍光の強度が再び増大し,青色蛍光の強度が減少する現象を見いだしたことでした。更に二重蛍光性は,すり潰しや溶媒蒸気の暴露といった簡単な刺激を与えるだけで,繰り返し制御可能であることも分かりました。

Q:とても面白い現象ですね。どのような仕組みで蛍光の性質が変化するのでしょうか。

残念ながら,メカニズムの完全解明には至っていません。しかし,今回の研究では,cis-ABPX01の結晶構造と蛍光性との関係に着目しました。結晶とは,分子が規則正しく立体的に並んだものですが,近赤外蛍光を示すcis-ABPX01の分子配列に何か規則性がないかと考えたのです。これらを調べるには,多様な分子配列をもったcis-ABPX01の単結晶を作成する必要がありますが,その作成に,「溶媒分子の形」 が利用できると発想しました。即ち,cis-ABPX01の分子と分子の間に,様々な種類の溶媒分子を取り込ませることで,cis-ABPX01の分子配列を多様に変化させることができるはずだと考えました。
とても簡単そうに言いましたが,単結晶を作成することはとても難しく,骨の折れる大変な作業なんです。ところが,一緒に研究に取り組んでくれた修士課程の学生さんが,結晶を作ることがとても上手な神の手 (笑) をもつ学生さんでした。そして彼は,ABPXに深い愛情を注ぎ込んでくれる同時に,自身の研究テーマに,自分の色をたくさんつけてくれました。研究には,知識や技術だけでなく,何よりも熱意や愛情が必要だなと改めて思います。
話は脱線しましたが,学生さんの地道な努力のお陰で,cis-ABPX01の蛍光発光に関与する構造の部位が,一定の分子間距離で近づいた二量体構造を形成する際に,近赤外発光を示すこと,バラバラの単量体になるときに,青色の蛍光発光を示すことが分かったのです。つまり,近赤外蛍光を示す二量体の結晶をすり潰すと,バラバラの単量体構造になり,青色蛍光の強度が増大しますが,そのcis-ABPX01が溶媒分子を取り込むことで,あたかも積み木のように規則的に,分子自身が配列し,再び結晶化することで,近赤外蛍光の強度が回復したのです。分子とは,とても巧みなものだなと感激した瞬間でした。このように構造的根拠を示すことに成功したのです。

Q:今後,この研究はどのように発展していくのでしょうか。

kamino_03先ほど紹介しました学生さんは,博士後期課程に進学し,引き続き研究に取り組んでくれます。まずは彼と一緒に,メカニズムの完全解明に取り組んでいきたいと思います。そして基礎研究で明らかになったことをもとに,その特徴を活かした応用研究にも挑戦していきたいと考えています。
具体的な例を説明しますと,近赤外光は,私達人間の目では,見えない波長領域の光である一方,様々な物質を透過することができるため,近赤外光を活用可能な有機分子の開発が,ライフサイエンス・医療分野だけでなく,様々な分野で求められています。例えば,ある材料に近赤外光を示すABPXを混ぜ込み,押し潰しや圧力などの力学刺激を加えることで,目に見える蛍光色が浮かび上がってくるとしたら,その材料に加わる力,摩耗や破損の程度を,モニタリングできるようになるでしょう。勿論,生体組織や細胞に加わる力を,可視化できるバイオセンサーへ応用できる可能性も充分にあります。
また冒頭で少しお話をさせて頂きましたように,私達は,ABPXの特徴を活用して,色素一分子で多彩な光や色を創りだし,分子に様々な刺激を与えることで,それらを意のままに操り,実際に利用していくことが究極の目標です。これらが実現できれば,気分が暗い時は明るい色,癒やされたい時は落ち着いた色を,ボタン一つで出力・表示できることは勿論,自分自身の日々の健康状態も光や色が教えてくれるようになります。このように,色彩と光の変化に富んだ彩り豊かな社会や,健康で安全・安心な生活環境の構築に,化学の力で貢献できればと考えています。これらは夢物語に聞こえるかもしれませんが,学生さんと一緒に,薬学から新たな分野の開拓に果敢に挑戦していきたいと思います。

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