動物系の視点を活かした植物―植物病原細菌研究
これまで石川助教は植物病原と植物細胞をそれぞれ研究してきました。しかし、病原は多様であり、植物に病気をもたらすものもあれば、動物に病気をもたらすものもあります。分子生物学分野は細菌学と免疫学を専門としている研究室であり、動物病原細菌の病原性やストレス耐性システム、免疫による宿主の病原排除システムについて、専門的な研究を行っています。病原と宿主の関係は動植物で共通する点が存在することから、動物における知見を生かして宿主植物と植物病原に迫ることで、生物に共通した普遍的な病原の感染メカニズム・宿主抵抗性のメカニズムに迫ることができるのではないかと考えています。また、反対に植物病原と植物に特異的なシステムを浮き彫りにできるかもしれません。すなわち石川助教はこれまでの研究内容と、本研究室の専門分野を活かし、分野横断的なアプローチでこれまでに誰も迫ったことのない生命現象を解明しようとしています。
新規植物ヘム代謝経路の発見
ビリルビンは動物においてヘムの分解産物として生じる黄色色素であり、過剰に蓄積すると黄疸などの原因となる一方、抗酸化物質として有益な側面も持っています。従来、植物ではヘムはビリベルジンを経てフィトクロモビリンへ代謝され、ビリルビンは産生されないと考えられてきました (図1)。しかし石川助教ら、ビリルビンと結合すると蛍光を放つ特殊なタンパク質UnaGを用いた解析により、シロイヌナズナなど複数の植物の葉緑体内にビリルビンが存在することを明らかにしました (図2)。さらに、葉緑体環境を模したin vitro反応系において、ビリベルジンとNADPHがあれば酵素なしでビリルビンが生成されることを見出しました。これは、光合成に伴い大量にNADPHが生成される植物ならではの反応経路であると考えられます。また、強光条件下でビリルビン量が増加することや、ビリルビン濃度の上昇が酸化ストレスを低減することから、植物におけるビリルビンは光合成時に発生する過剰な還元力の調整に寄与すると示唆されました。植物におけるビリルビン産生の証明は、永年考えられてきた植物代謝経路を覆すものであり、インパクトの大きな研究成果となりました。


Ishikawa K, Xie X, Osaki Y, Miyawaki A, Numata K, Kodama Y. Bilirubin is produced nonenzymatically in plants to maintain chloroplast redox status. Science advances 9:eadh4787. 2023
Ishikawa K, Kodama Y. Bilirubin Distribution in Plants at the Subcellular and Tissue Levels. Plant and Cell Physiology 65:762–769. 2024
植物病原細菌は植物ヘムを収奪しているのか?
鉄は生物にとって不可欠かつ貴重な元素であり、生体内ではヘム鉄や鉄硫黄クラスターなどの形でタンパク質に結合した状態で多くが存在しています。この貴重な鉄を巡って、動物病原性細菌と宿主の間にはヘムの分子競争が存在することが知られています。動物病原性細菌は宿主からヘムを収奪するシステムを有しており、宿主はヘムを病原体から隔離する応答を示します。一方で植物にもヘムは相当量存在し、植物上においてはヘムが貴重な鉄源となります。しかし、ヘモグロビンなどの動物に特徴的なヘムタンパク質の存在から、ヘムを巡る分子競争は動物と動物病原性細菌との相互作用に特有なものとして考えられており、植物病原細菌のヘム収奪能に関してはこれまでほとんど研究されてきませんでした。石川助教は、一部の植物病原細菌のゲノム上にヘム収奪因子のホモログが存在していることに着目し、植物病原細菌も宿主植物からヘムを収奪している可能性があると考え、現在新たな研究を展開しています。
大腸菌を用いた細菌の植物の環境適応メカニズムの解明
植物病原細菌は専門化された感染システムのみならず、一次代謝経路などの基盤的な生理機能についても植物の環境に適応しています。しかし, 基盤的な生理機能は種間の普遍性が高いため、植物病原細菌だけに着目すると比較解析が難しくなり、研究が進んでいませんでした。 石川助教らは植物病原細菌ではない大腸菌を用いることで、細菌の普遍的な植物環境への適応メカニズムの解明に取り組みました。大腸菌は主に温血動物の腸内に生息しますが、野菜への定着が食中毒の原因となっています。このため、大腸菌はある程度の植物環境への適応性を有していると考えられ、細菌の普遍的かつ基盤的な植物適応システムを解明しているのに適していました。さらに、腸管出血性大腸菌O157による野菜由来の感染は世界的に問題となっており、公衆衛生学的にも植物環境での生存・増殖機構の解明が重要です。石川助教らが、大腸菌遺伝子欠損株ライブラリーを用いてスクリーニング実験を行ったところ、糖脂質を細胞外へフリップする遺伝子wzxEの欠損株や硫酸イオンからシステインを合成するのに関わる遺伝子cysC、cysH、cysEの欠損株で野菜ジュース由来培地や野菜抽出液での生育が大きく低下することがわかりました。硫酸イオンからシステインを合成する経路については、動物性の環境で主に生育する細菌よりも、植物性の環境で主に生育する細菌が有している頻度が高いことがわかりました。これらの結果は、動物と比較して植物にはシステイン源がほとんど存在せず、細菌が増殖するためには硫酸イオンからシステインを合成する必要があることを示しています(図3)。現在は、実際に生きている植物上では大腸菌のどのような遺伝子が生存・増殖に重要になるか研究を進めているところです。

Ishikawa K, Yamaguchi S, Tsukaoka T, Tsunoda M, Furuta K, Kaito C. Sulphur‐Acquisition Pathways for Cysteine Synthesis Confer a Fitness Advantage to Bacteria in Plant Extracts. Environmental Microbiology. 27:e70126. 2025
Yamaguchi S, Ishikawa K, Furuta K, Kaito C. Enterobacterial common antigen repeat-unit flippase WzxE is required for Escherichia coli growth under acidic conditions, low temperature, and high osmotic stress conditions. Applied and Environmental Microbiology 91:e0259524. 2025
