研究内容

現状は以下の研究内容を実施中です。

 日本人の死因の1位は悪性新生物(がん)ですが、三大生活習慣病(高血圧症、糖尿病、脂質異常症)の罹患者数はがん患者数より遥かに多く、それら疾患は心筋梗塞、脳卒中(脳梗塞・脳出血)の主な原因となっています。心筋梗塞は、突然死、脳卒中は、一命を取り留めても後遺症で要介護状態になることが多く、これらイベントを回避することが大事ですが、三大生活習慣病は自覚症状が無いため知らぬうちに進行し、ある日突然イベントが起きます。イベント後は再発予防に一生涯薬を飲み続けなければならなくなり、介護も必要になれば身体的・経済的損失は甚大で人生が大きく変わります。唯一の希望は、生活習慣を是正すればこれら三大生活習慣病の発症・発病を予防できることです。薬剤師はこれまで発病後の患者の薬物治療を支えてきましたが、今後は国民の健康保持(保健)に貢献するため未病の方の疾患予防に有益な生活習慣への ”個別的な” アドバイスも出来ることが求められます。

1.食品の機能を用いた食後血糖上昇抑制法の個別化エビデンスを創る臨床研究

 糖尿病患者は、細血管障害である三大合併症(腎症、網膜症、神経障害)以外に、心筋梗塞や脳梗塞などの大血管障害、幾つかのがんや認知症になりやすいことが明らかにされていますが、実際は糖尿病の前段階(耐糖能異常, IGT)からそれらリスクは高まります。IGTでは空腹時血糖値は正常範囲ですが典型的現象の一つに食後高血糖があります。これは膵臓が疲弊してインスリン(Ins)分泌が遅れること、脂肪の摂りすぎでIns抵抗性になった肝臓や骨格筋に糖が取り込めない、またはダイエットや運動不足で骨格筋が少ないことなどが原因です。いずれもIns分泌能は保たれているため、血糖を正常値に戻そうと過剰のIns追加分泌と反応性低血糖が起こる結果、グルコーススパイクを招きます。この血糖値の乱高下が血管にダメージを与えることが細胞や動物レベルで証明されています。食後高血糖の抑制には運動が効果的ですが、推奨されるウォーキングなどの有酸素運動を毎食後20分間以上行うなど働き盛り世代では現実的でありません。過度な糖質制限の危険性も明らかになり、一般の方が自身で手軽に行えるのはベジファーストなど食べる順番を意識することです。しかしその人でどの程度食後高血糖が抑えられているかは本人にも誰にもわかりません。一方、食後の血糖を抑える機能を表示する保健機能食品が日本では容易く購入できます。その効果の程度は販売企業が公開する(効果には個人差があるとの)情報以外は、購入者(?)の真偽不明な口コミしか知ることができません。試験的な食事条件(トライアルワールド)下でなく、毎食異なる実際の食事環境(リアルワールド)下ともなれば、さらにわかりません。ちなみに研究者は、食品なのですから、医薬品と違って効果があるはずはない、あるいはあっても極めて微々たるもの、という見方が大勢です。当研究室では、日常食事環境下で食品が食後血糖上昇抑制効果を示すことが出来るかを明らかにする方法を開発し検討を行っています。その結果、特定保健用食品の中でも全く効果がないものから全員に有意な食後高血糖上昇抑制効果があるものなどがあることが明らかになってきました。


2.食品の機能活用を中心とした高血圧症の個別化予防戦略を構築する臨床研究

 日本人の三大生活習慣病で患者数が最も多いのは、高血圧症であり推定有病者数は約4,300万人とされています。最近新しくなった高血圧治療ガイドライン(GL, JSH2019)では、高血圧の診断基準は旧GLと同じ140/90 mmHgですが、正常高値血圧は正常が削除され高値血圧に、正常血圧は正常高値血圧、とより注意喚起する方向に名称変更されました。これは120/80 mmHg未満の方に比べ、それ以上では血圧上昇と共に脳・心血管疾患の発症リスクが高まることが国内外の大規模臨床研究で示されてきたためです。幸い現在は優れた降圧薬が多数開発・発売されています(それでも高血圧患者は増えています)。しかし高血圧症を発症してからの治療には幾つかの問題点があります。一つは服薬遵守率が低いことです。これは血圧が高くても自覚症状がないためで実際治療中でもコントロール良好な方は半数以下です。もう一つは逆の発想ですが動脈硬化・狭窄に伴い末梢循環を保とうとする生理的反応である昇圧を強制的に抑えることへの懸念です。したがって高血圧症と診断される前に、血圧をより正常値に近づけることこそが、高血圧症の発症予防、脳・心血管イベント予防に重要と考えます。高血圧の予防については、禁煙、節酒、脱ストレスのほか、軽めの有酸素(動的)運動、適正体重(脱肥満)、そして食塩制限が有効とされています。よく聞くのが塩分制限で、最近は減塩目標値を食塩6 g/日未満とするのが主流ですが、やはり幾つかの問題点があります。一つは食塩感受性の個体差の問題で、全ての方が減塩で必ず血圧が下がるとは限らないこと。もう一つは食塩の多くは調味料や加工品から摂取しているため個人の努力には限界がある点です。働き盛り世代は外食や中食も多いため後者はとくに難しい問題です。カリウムを豊富に含む野菜を毎日たっぷり取れたら良いですが、それも現実的ではありません。そこで血圧を下げる機能を有する食品の活用が出来れば、血圧がやや高めの方の血圧を正常血圧に近づけることができるかもしれません。現在までに一つの保健機能食品を試した結果、血圧が正常域まで低下した方と全く変化のない方に分かれ、その反応には著しい個体差がありました。


3.最終糖化産物(AGEs)の体内蓄積量を減少させるサプリメントに関する臨床研究

 タンパク質は身体の重要な構成成分ですが、健康的な生活を送っていても日常的に糖化されています。数か月の血糖レベルの指標として医療現場で使われているHbA1cも血液を介して全身に酸素を運んでいるヘモグロビンというタンパク質が糖化されたものです。体内のタンパク質の糖化は、体温下で非酵素的に速やかに進行する初期反応に続き、緩やかながら不可逆的な反応を経て、最終糖化産物(advanced glycation end products, AGEs)を生成します。AGEsは一度生成すると分解・排泄が遅いため加齢に伴って体内蓄積量が増加します。コラーゲンは身体のタンパク質の30%を占める重要なタンパク質で、その40%は皮膚、20%は骨や軟骨に存在しますが、内臓や血管など全身組織に分布しています。皮膚のコラーゲンがAGEs化すると異常な架橋が生じて、しわの原因になったり褐色のしみになります。加齢に伴うそうした見た目の変化に留まらず、タンパク質が糖化されると正常な機能が果たせなくなるため、近年AGEsが高血圧、心血管疾患、慢性気管支炎、非アルコール性脂肪肝炎、不妊症、アルツハイマー型認知症、骨訴訟症など様々な疾患の発症や進展と係わることが明らかになってきました。またAGEsは、生体内で生成するだけでなく、加熱調理された食べ物などからも日常的に摂取されています。そのためAGEsの体内蓄積量は、同じ年齢の人でも生活習慣によって大きく異なります。現状では、大規模臨床研究において、AGEsの体内蓄積量を減じることが、身体の内外の老化を緩やかにしたり、様々な疾患の発症を抑えたり、発病した疾患の進展を緩やかにしたり、というエビデンスはまだ示されていませんが、加齢や疾患におけるAGEsの関与を考えると、AGEsの食事からの摂取を抑えるだけではなく、AGEsの体内での生成抑制や、すでに体内に蓄積したAGEsの分解・排泄を促進させる方法を探索することは、AGEsが係わる様々な加齢に伴う炎症性・変性疾患の発症・進展を制御できる可能性があります。

とはいえ、発症・発病したあとは、治療は必要です。薬剤師の専門領域である薬物での治療では、応答性(効果や副作用)に個体差がありますので、そこで私たちの研究室では、薬物治療の個別適正化に関しても以下のような研究に取り組んでいます。

4. 薬物動態制御因子の発現に基づいたがん治療の個別適正化に関する研究

 薬物が体内に吸収され消失する過程には、薬物動態を制御するタンパク質である「薬物代謝酵素」および「薬物トランスポーター」が極めて重要な役割を担っています。また、これらのタンパク質は薬物のみならず生理活性物質の代謝や輸送においても重要な役割を果たしています。ある種のがん細胞では、P糖タンパク質などの薬物排泄トランスポーターが大量に発現し、抗がん剤の耐性要因となっていることは広く知られています。加えて、近年は薬物取り込みトランスポーターや薬物代謝酵素の発現量もがん化に伴って変化することが報告されており、これらが抗がん剤の効果や副作用発現に影響を及ぼす可能性も示唆されています。しかしながら、がん細胞における薬物動態制御因子の発現意義やその機能については一定の見解が得られておらず、不明な点が多いことが現状です。特に、これらの因子が生理活性物質の代謝や輸送を通じてがん細胞の成長に及ぼす影響については、未だ明らかとなっていません。そこで我々は、実際の患者さんから摘出された組織や血液を用いて、薬物動態制御タンパク質の発現量とがんの進展や薬物治療成績、予後などとの関連性を解析しています。最終的には、薬物動態に関する患者さんの体質およびがんの性質の双方を考慮することで、各患者さんに最適な治療法を提供することを目指しています。