博士前期・後期課程

狩野 光伸 教授(臨床薬学)

論文題名 Heterotypic 3D pancreatic cancer model with tunable proportion of fibrotic elements
掲載雑誌 Biomaterials 2020;251:120077.
論文著者 田中啓祥(助教)、栗原毅(創薬科学科卒業、論文出版時ヘルスシステム統合科学研究科修士2年)、狩野光伸

「線維化量を制御可能な膵がんの三次元共培養モデルの確立」
狩野研究室のページはこちらです(最新成果のページも是非ご覧ください)

Q:研究のテーマを紹介してください。

私たちの研究室では、ナノテクノロジーやバイオマテリアル等の最先端の工学技術を積極的に利用し、未だ十分に治療することができない難治性疾患の研究に取り組んでいます。研究対象としているのは、膵がんに代表される難治がんが主ですが、がん以外にも肺高血圧症や、各種の慢性疾患(生活習慣病など)の末期においてみられる線維化などにも取り組んでいます。

Q:難治性疾患を理解する上で、どのように最先端の工学技術が役立つのですか。

がんを例に説明します。患者さんが苦しむ「がん」は、身体の中にできる立体的な「塊」です。その塊は、色々な種類の細胞や、それら細胞が産生する種々の構造的なタンパク質(コラーゲンなど)等から構成されます。そこには血管やリンパ管が出入りしていて、神経系も含まれています。こうした複雑な構成を持つ、一つの「生き物」(実際、「がん」は「悪性新生物」とも呼ばれます)を我々は相手にしなければならないのです。
ところが、従来のがん研究は、こうした複雑な塊から単離したがん細胞をプラスチックのディッシュ(シャーレ)上で培養し、解析してきました。つまり、実際の塊が持つ複雑な要素を色々と無視して、ずいぶんシンプルな形で扱ってきたわけです。むろん、こうした解析・研究の積み重ねにより確立された「分子細胞生物学」と呼ばれる学問分野は、数多くの「クスリ」を成果として生み出してきました。しかし、未だにがんは完全には治すことのできない疾患であり続けています。ここに私たちの研究の原点があります。
たとえば、がん細胞が増えすぎたためにがん組織内の圧力は上昇し、がん組織内の血管が圧迫される結果、がん組織内には十分な血流がなく、酸素・栄養素が不足しますし、薬物も届きにくくなります。こうした状況はプラスチックのシャーレ上で細胞を培養するのでは再現できず、研究できないのです。我々はたとえば薬物の届き具合をみるためにナノテクノロジーを利用したり、あるいはがん組織の複雑な立体構築を解析するために三次元(立体)培養法などのバイオマテリアル技術を利用した研究を進めています。実際の患者さんが苦しむ「がん」をよりよく再現し、詳細に解析するために、最先端の工学技術は欠かせないものと私たちは考えています。

Q:今回の論文の内容を教えてください。どのような意義がありますか。

膵がんは数多くあるがんの中でもとりわけ治療が難しく、治療成績が数十年の間、本質的には改善していません。膵がんの特徴として、がん組織の大半を占める「線維化」があります。線維化とは、線維芽細胞が異常増殖し、コラーゲンなどのタンパク質を過剰に産生する結果、組織が固くなってしまう状態です。近年、線維化が、膵がんの治療抵抗性に関わることが徐々に明らかとなってきました。しかし、実はこれまで多用されていた膵がんの実験系はあまり線維化を示さず、線維化が起こるメカニズムは詳細が不明なままです。そこで、私たちは「線維化を治療することが膵がんの難治性を克服するために必要不可欠である」という仮説の下、線維化を簡便に再現する実験系が必要だと考えました。今回の論文では積層培養という三次元培養法を利用し、線維化を示す膵がんの実験系を確立し、線維化が起こるメカニズムの解析や治療法探索を簡便に行うことができるようにしました。
ご存知の方も多いと思いますが、創薬は大変な時間と資金を要する営みで、これを加速するための工夫の必要性がますます切実なものとなってきています。私たちが確立した三次元共培養モデルは、①より実際の疾患に近い環境を、②簡便に、かつ短期間に、③低コストで多量生産できる、といった利点があり、膵がんに関する科学的探究のみならず、新薬開発過程においても貢献できるのではないかと期待しています。

Q:研究室の雰囲気を教えてください。

私たちの研究室では、アイディアを互いに出し合い、議論することを大切にしています。議論というと堅苦しいイメージを抱く人も多いかもしれませんが、実際にはもっと日常的なものです。たとえば今回の論文の元となったアイディアは、栗原さんと田中助教の雑談の中で生まれ、論文へと連なる最初の実験の構想は一枚のペーパータオル上の殴り書きです。
難治性疾患は、一人の人間が考えて解決できる問題ではないからこそ、今なお未解決のものとして残っているわけです。各個人の自由な発想、それぞれが有する異なる知識・知恵・能力を出し合って、補い合って、磨き合うことで、一人ずつでは到達できないところまでチームとして到達する。そういう研究室を目指して、日々努力を重ねています。

須藤 雄気 教授(生物物理化学)

論文題名 Phototriggered apoptotic cell death (PTA) using the light-driven outward proton pump rhodopsin archaerhodopsin 3
掲載雑誌 J. Am. Chem. Soc. (米国化学会誌) 2022 Mar 9; 144 (9): 3771-3775.
論文著者 中尾新(薬学科6年)、小島慧一(助教)、須藤雄気

「光駆動外向きプロトンポンプロドプシンAR3を用いた光アポトーシス型細胞死誘導法の開発」
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Q:研究のテーマを紹介してください。

私たちの研究室では、「光をくすりにする!」をキャッチフレーズに研究を進めています。具体的には、光を吸収するタンパク質(光受容体)を使って、光で生命現象を制御・操作する研究を行っています。将来、「光をあてるだけで、たちどころに病気が治る」、そんな夢のような世界が実現するかもしれません。

Q:「光をくすりに」とは、具体的にはどのようなことでしょうか。

鍵を握るのは、光に反応して構造を変え・機能を発揮するタンパク質「ロドプシン」です。ロドプシンは細胞膜に存在する「膜タンパク質」でもあります。ロドプシンに光があたって、その構造が変化すると、細胞膜を介して、内と外の物質や情報のやりとりがおこります。これにより、光をあてた箇所に特定の物質や情報を送り込むことができます。物質や情報は生命活動の根幹ですから、それらを制御することで、様々な生命機能を光で操作することができます。たとえば、光で病原菌の動きを止めたり、光で寝ているマウスをおこしたり、逆に眠らせたり、細胞の成長を促進したり阻害したり、などなどを実現してきました。

Q:今回の論文の内容を教えてください。

皆さんは温泉が好きでしょうか?酸性温泉に入ると皮膚がピリピリする。アルカリ性温泉だとヌメヌメする。そんな経験があるのではないでしょうか。酸/アルカリを決めるのはpH(ペーハー)であり、その実体は水素イオン(H+)濃度です。そこで注目したのが、中東の塩湖(死海)から発見されたアーキロドプシン3(AR3)と呼ばれるロドプシンです。AR3は、細胞膜に存在し、光エネルギーを使って水素イオン(H+)を細胞の中から外に運びます。結果として細胞内がアルカリ化する(pHが下がる)ことになります。このAR3をヒトの培養細胞に発現させ、光をあてると2時間程度でアポトーシス型の細胞死を示すことがわかりました。また、この技術を使って線形動物・線虫の感覚神経細胞を選択的に死滅させることに成功しました。PTAと名付けたこの方法は、副作用フリーながん治療に応用できるのではないかと考えています。

Q:研究室の雰囲気を教えてください。

研究室では、「明るく、楽しく、笑顔で過ごすこと」、「広く・深く興味を持つこと」を合い言葉にしています。興味を持ってさえいれば、どんな研究も面白くなります。そのための仕掛けとして、国内外の様々な分野の研究者や企業と学生レベルで共同研究を行っています。
研究室には、4年制の創薬科学科と6年制の薬学科の学生、さらに学部を卒業した大学院生が混在しています。この混在しているということは、新しいことに取り組む研究ではとても重要です。このような環境で、全く未知の課題(研究)に取り組み、成果をあげることは、将来、研究者を目指す創薬科学科の学生さんはもちろん、薬剤師免許を生かした職につく薬学科の学生さんにとっても極めて重要です。創薬科学科の学生さんは、比較的時間のゆとりがありますので、日々の研究や国内外の学会での発表など、研究三昧の生活を送っています。一方、薬学科は講義や実習・国家試験など時間的な制約も多いですが、短期的に集中して取り組むことで、効率的な研究を行っています。今回の成果は、薬学科6年生の学生さんが創薬科学科卒(博士前期卒)の学生さんの助けを借りて研究を進め、得られたものです。

Q:今後の課題と抱負を教えてください。

ヒトをはじめとした動物に用いる上での最大の課題は、生体内の任意の場所に光を当てる方法です。可視光は生体を透過しないため、生体内にLEDや光ファイバーなどを導入し、体内から光を当てる方法の開発を進めています。また、体外から直接光を当てる方法も模索しています。私たちは、世界で最も多種多様なロドプシンを保持しており、これらを利用し、「多種多様な生命現象を光で制御・操作すること=光をくすりにする」ことができつつあります。今後も、「光をくすりにする」研究を続け、全く新しい創薬研究を実現していきたいと考えています。岡山大学薬学部・大学院医歯薬学総合研究科(薬学系)の学生さんはとても優秀ですので、夢の実現に向かって、学生さんと一緒にこれからも切磋琢磨していきたいと思っています。

博士課程

小山 敏広 教授(健康情報科学・医薬品臨床評価学)

論文題名 Antibiotic prescriptions for Japanese outpatients with acute respiratory tract infections (2013-2015): A retrospective Observational Study
掲載雑誌 Journal of Infection and Chemotherapy. 2020 Jul;26(7):660-666. doi: 10.1016/j.jiac.2020.02.001.
論文著者 Toshihiro Koyama, Hideharu Hagiya, Yusuke Teratani, Yasuhisa Tatebe, Ayako Ohshima, Mayu Adachi, Tomoko Funahashi, Yoshito Zamami, Hiroyoshi Y Tanaka, Ken Tasaka, Kazuaki Shinomiya, Yoshihisa Kitamura, Toshiaki Sendo, Shiro Hinotsu, Mitsunobu R Kano.

Q:今回の論文の内容を教えてください。

今回の研究では、日本国内での風邪(急性気道感染症)の治療にどれくらい抗菌薬が用いられているかについて医療ビッグデータを活用することで明らかにしました。865万回の風邪の診療について分析した結果から、日本人はおよそ1年に1回風邪で病院を受診し、そのうち約半数で抗菌薬が処方されていることがわかりました。また、18歳未満では、1年に2回以上風邪で受診し、成人よりも抗菌薬が多く使われていることがわかりました。これは、欧米などと比べると高い頻度と考えられます。その要因として、日本では国民皆保険制度で容易に医療機関に受診できることと、安価に医療が提供される保健制度も影響していると考えられます。しかし、風邪の原因として、細菌やウイルスが存在しますが、風邪を引き起こす原因の大部分はウイルス性であることが知られています。治療薬として抗菌薬は、風邪の原因である細菌には有効ですが、ウイルスには抗菌薬は効果がありません。逆に、抗菌薬による下痢などの副作用症状を引き起こすことがあります。さらに、必要のない抗菌薬をたくさん使うことで、抗菌薬が効きにくい薬剤耐性菌の出現を促してしまいます。ですから、今回の研究のように、実際の医療現場でどのように抗菌薬が使われているのか詳しく明らかにすることがとても重要になってきます。

Q:研究で活用する医療ビッグデータの重要性について教えてください。

医療ビッグデータには、様々な種類がありますが、今回は診療報酬明細情報というものを活用しました。診療報酬明細情報は、みなさんが健康保険を使用して医療の提供を受けたときに、保険診療によって生じた費用などを記録したものです。わかりやすくイメージを説明すると、みなさんがスーパーマーケットなどで買い物をしたときに受け取るレシートに相当するものと考えていただければいいと思います。この研究では、6000以上の病院と6万以上の診療所における865万回の風邪の診療を分析しました。医療ビッグデータの登場以前では、このように大規模なデータを収集するには大変なコストがかかっていましたが、現在では、情報技術の革新によって膨大なデータを比較的低コストで収集することが可能になりました。このように、医療ビッグデータを用いることで初めて日本全体の医療の状況を把握することが可能になってきました。今後もますます医療ビッグデータの重要性は増していくと思います。

Q:今後この研究はどのように発展していくのでしょうか。

この研究では、診療報酬明細情報を活用した風邪の診療について研究を進めましたが、日本国内では様々な医療ビッグデータが利用できるようになっており、風邪の診療に関しても多様な臨床検査データなどを併せて分析することで、より精度の高い研究に発展させることが期待されます。また、当研究室では風邪だけでなく、様々な感染症や循環器疾患、呼吸器疾患、神経疾患についても複数の医療ビッグデータと分析手法を用いて研究に取り組んでいるため、多くの疾患領域で重要な研究に発展していくと考えています。

Q:大学院でこのような研究に携わるためには、学部時代には何が必要ですか。研究者になるために必要な条件を教えてください。

もちろん、ITスキルがあることが望ましいですので、コンピューターに慣れておくことが良いと思います。今はスマートホンで何でもできる時代ですが、それ以外の情報技術にも関心を持っていただくとよいと思います。また、重要な研究テーマを見つけるためには、医療に関する幅広い興味関心を持っていただくとよいと思います。それに、協調性をもってチームで課題に取り組む姿勢も重要だと考えます。研究は一人ではできません。専門性を持ったチームを構築することが研究を遂行する必須条件であり、私の研究でも医師や統計家、疫学の専門家にチームに加わってもらっています。

Q:研究室の雰囲気を教えてください。

研究室はみなさん自由に研究に取り組んでもらっています。もちろん成果を出すことが前提ですが、場所や時間については、忙しい講義・実習の合間をそれぞれ工夫して楽しく研究されています。

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